レジリエンスで人生が激変!?ウソのようなホントの物語

はじめまして
木場真一と申します。

現在、僕はしなやかな
折れない心を鍛えるレジリエンス専門の
メンタルコーチとして活動しています。

メンタルコーチの仕事は
今年で9年目となり、

・歌手
・銀行員
・教師
・CA
・プロアスリート
・ミス・ユニバース

など、さまざまな職種の方々に
レジリエンスの指導を行ってきました。

(ベスト・オブ・ミス福岡大会の
レジリエンス講師も担当)

このように多くの方々への
レジリエンスの指導が評価され、

ジャパンレジリエンスアワード2017
「最優秀レジリエンス賞」を受賞しました。

でも、ここまで読んで、

レジリエンスって何?

と思う方がほとんどだと思います。

そこで今回は、

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レジリエンスとは何か?

僕がどのようにして
レジリエンスと出会い、
自分の人生に活かしてきたのか?

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について詳しくお話していきます。

僕の実体験を交えて
お伝えしていくので、

僕が辿ったストーリーから、

『失敗や挫折に対する
 正しい向き合い方』

を参考にしてくだされば嬉しいです!

ぜひ最後まで
読んでくださいね。

 

全然勉強せず、
テニスに打ち込んでいた学生時代

僕は、1977年に
長崎県西海市で生まれ育ちました。

学生時代はテニス部で、
大学までスポーツ推薦で進学。

やりたいわけではなかったんですが、
大学までずっとキャプテンを任されていました。

高校時代は、
インターハイなどの全国大会に出場し、

その実績が認められ
推薦で大学に進学。

が、しかし、

大学では完全に燃え尽き
症候群になってしまったんです。

「スポーツ推薦で入ったし、
 キャプテンもやらされてるから
 やらなければ…」

となかば強制な感じで
部活は完全に惰性でした。

だから大学では
全国大会に行けなかったんです。

勉強も全然してなかったですし、
自分の中ではかなりの挫折でした。

 

そして就活となり・・・

本当は大手のメーカーに
行きたかったんですけど…

メーカーには入れず。。。

最終的に会計システムの販売会社に
就職することになったんです。

そこで、営業マンとして
働いていたある日、

課長の給料を知ってしまうという
ちょっとしたハプニングがありました。

申し訳ないけど、

自分が求めてきている
人生とは違うなと…。

もっとやりがいのある
仕事をしたい!お給料も欲しい!

でも、もっと勉強しなければ
自分の理想の人生は叶えられない。

そう思ったんです。

とはいえ、、、

転職するにしても
どうやって勉強すればいいのか
まった分かりませんでした。

そんな時に学生時代に
打ち込んでいたテニスを
思い出したんです。

全国という“高いレベル”
出来ていたからテニスは楽しかったんだ。

だとすると、、、

勉強で高いレベルってなんだ?
勉強でスゴいってなんだ?

ってなった時に、

僕の頭には、

「アメリカ」

の4文字が浮かんだんです!!

もちろんその時
英語なんて話せませんでしたよ笑

だから話せるように
なるしかなかった。

早速、会社の近くの
英会話教室に通い始めたんです。

ちなみに、
当時のTOEICの
スコアは240点でした。

分かる人は分かると思いますけど
中学生レベルのスコアです。

ただ、僕はそれが高いのか低いのか
まったく分かってなかったです…笑

そんな僕でも
毎日必死に勉強を続けたら、

TOEICのスコアを
倍以上に伸ばし、語学学校を経て、

アメリカのワシントン州の
City University of Seattleの
ビジネススクール(MBA)に合格できたんです。

無事、入学することができましたが、
やっぱり折れることが一番多かった時期です。

ひとつエピソードをお話しすると、
留学して1年ぐらい経った頃なんですけど、

その頃には英語は結構
話せるようになってたんですね。

クラスでのディスカッションで、

「俺はこう思う〜」とか、
アメリカ人に負けじと
ペラペラ話すわけですよ。

自己主張しないとダメって
張り切ってたんですよね。

話さないとなんとなく
舐められる…みたいな。

すると、それをやればやるほど
周りから友だちがいなくなるんです…涙

というのも、、、

英語は話せるように
なってるんですけど、

上っ面の話しばかりで
中身のあることが
言えてなかったんですよね。

この時は正直めちゃくちゃ
しんどかったです。

そこで、、、

「このままだとまずいな…」

と思い作戦変更したんです。

アメリカなので自己主張を
しないとって思ってましたが、

そこからは「人の話を聞く」に
完全にシフトチェンジしたんです。

すると、周りに人が集まりだし
学校でのプロジェクトも
どんどんうまくいくようになりました。

今考えれば「人の話を聞く」というのは
コミュニケーションの基本中の基本ですが、

そんな大切なことも忘れるぐらい
心が折れていたんだと思います。

大きな出逢いがありました。

もちろんいつも心が折れていた
わけではありません。

僕の人生を変える
大きな出会いがありました。

それは、当時メージャーリーガーだった
イチロー選手との出逢いです。

実際にお会いしたわけではなく、

一観客として、イチローさんの
プレーを見た時に心が震えるものがありました。

ひとつひとつのプレーで
アメリカ人を感動させる
日本人って本当にスゴいなって…。

アメリカに来て
心が折れてばかりいた
自分と比べるのもあれですけど、

一人の日本人のプレーに
アメリカ人がスタンディングオベーションを
ずっと続けるなんて、

日本人としてもう誇りでしか
なかったです。

自分も同じようにアメリカで戦っている中で、
映るイチローさんの姿が本当に眩しくて、

同じシアトルにいながら
とてつもないくらい勇気をもらいました。

この経験がなかったら、
僕は今この仕事をしていないと思っています。

イチローさんとの出会いは、
後に辿り着く「レジリエンス」
という考え方に大きな影響を及ぼします。

そう考えると、
僕にとって非常に、
大きな出会いでした。

そして、本来の目的であった
「米国MBA」を取得を目指し勉強を続け、

1年半で米国MBAの取得し、
大学院を卒業することができたんです。

 

MBAを取得し
日本の大企業に就職するも…

そして、帰国後は、ITメーカーの
富士通に入社することになります。

そこからがまた大変でしたね…。

配属されてすぐに
会社の赤字プロジェクトを任されたんです。

当時26歳です。

お客さんのところに行けば叱られるし
会社では上司に怒鳴られるしで、

人生で一番心が折れていた時期でしたね。

やっと行きたいメーカーに入ったのに
僕は何やってるんだろうって。。。

本当に不甲斐ない時でしたね。

そう思ってしまった僕は、
富士通を辞めることにしました。

一度、地元の九州に戻り
留学前に通っていた
英会話スクールに転職しました。

すると、それが
めちゃくちゃ楽しかったんです!!

親も兄弟も教育関係だったので
自分は絶対にしない!と
反面教師でいましたが、

なんとなんと、教育の仕事に
楽しさを見つけてしまったんです。

自分でも意外でした。

そこからは8年間で
3,000名以上の方に
米国MBA流の目標達成方法を
指導させていただき、

卒業生は留学はもちろん、
外資系企業などで大活躍してくれています。

レジリエンスをもっと広めたい
という想いで自分の会社を設立

そして、時は進み、
2011年に長男が誕生します。

これを機に、
子供たちに良い教育環境を
与えたいと思うようになりました。

そして、3歳になるのを前に
英会話教室の体験レッスンに行く機会がありました。

で、いくつか受けてみたいんですけど
まったくピンとくる教育をやっているところがなかったんです。

「ないんだったら、
 理想の教室を
 自分で作るしかない。」

と思うようになり、僕は会社を退職し
自分で英会話教室を作ることになったんです。

ただ、普通の英会話教室を作っても
面白くないな〜って思っていたので、

英会話プラスアルファのものはないか
ずっと探していました。

「日本人が世界で通用するには、
 何が必要なんだろう?
 何が足りないんだろう?
 日本人の良さを
 出すにはどうすれば良いのだろう?」

そう考えた時に、知人の紹介で
レジリエンスを学んでみたんです。

それが大ヒットでしたね!

たとえ、失敗したとしても
それを自分の力に変えて挑戦し続ける力
「レジリエンス」。

僕がずっとやりたかったことは
これだ!!!!って、心が震えました。

簡単に言うと
レジリエンスとは、

・しなやかな折れない心
・逆境力
・跳ね返すチカラ

といった【心の筋肉】表す言葉です。

レジリエンスが高い人は
心が竹のようにしなやかで
折れない精神力を持っています。

イメージつかない人は、

僕は、分かりやすく
イチローさんで例えてるんですよね。

イチローさんの心と体は
まさにレジリエンスを体現されていて、

強い頑丈な身体よりも、
イチローさんのように怪我をしない、
しなやかな強さ。

この考え方がレジリエンス
という感じでお伝えしています。

当時、3歳からメンタルトレーニングと
英語が学べる英会話スクールは
おそらく日本初だったんじゃないですかね。

でも、やっぱり

「レジリエンス×英会話」

というコンセプトは
日本初ということもあり、

最初は全然理解されませんでしたね涙

半年間で集まった生徒は4人。

本当に苦労しました。

教室も構え、スタッフも抱えていたので
ずっと赤字まみれで。。。

とても苦しかったですね…。

そんなある日、
息子が3歳くらいだったかな。

息子を助手席に乗せて、
運転していた時のことです。

僕は、運転しながら、

「お父さん、今ね、
 仕事がめちゃめちゃきつくて…」

って、涙ぐみながら息子に
愚痴をこぼしてしまったんです。

すると、3歳の息子は、
こう言ったんですよ。

「お父さん、
 大丈夫だよ。」って。

もう僕は何も言えなくて…。

ずっと涙を流しながら
運転してましたね。。汗

僕は、息子の言うことを信じて
もう一度がんばってみようって。

この時、気づいたんです。

この「また頑張ってみよう
と行動する力」こそが、

「レジリエンス」なんだって。

つまり、、、

僕は、レジリエンスのおかげで
心が折れることがなかったんです。

もし、ここで、
レジリエンスではなく、

ただただ、強い心を持とうと
頑張っていたらっていたとしたら、

ポキっと折れてしまって
もう二度とメンタルが戻って
なかったかもしれません。

本当にレジリエンスを
鍛えておいて良かったな…
って今は心からそう思います。

僕は、このレジリエンスと、
息子の一言のおかげで、

しなやかに強く、
立ち上がることができました。

それからは、有り難いことに
実績や評判がどんどん広がり
生徒数が一気に増えました。

その評判を聞き付けた企業や
自治体などからも研修依頼が
殺到するようにもなりました。

息子のあの一言がなければ、
今の僕はいないんじゃないかと思います。

このように、僕自身がレジリエンスを通して
人生を変えてきた経験がありますし、

僕の周りの人もレジリエンスで
人生が大きく変わりました!

というのも実際に、2014年から、
たくさんの方にレジリエンスの指導を行っており

僕がレジリエンスの指導をしてきた方々も
以下のような結果を出されています。

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・歌手の方がプロ野球公式戦での
 国家独唱ステージ

・日本の地方空港から
 ロサンゼルス空港(LAX)へ海外赴任

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他にも本当に色々な方々が
いらっしゃいましたが、

みなさん自分で掲げたゴールを
どんどんと達成させているんです!

多くの方を指導するうちに、
レジリエンスへの取り組みが
評価され賞もいただきました。

最初は勉強も全くできない
テニスバカだった僕が、

一つの分野で表彰される
までに成長するなんて、

当時は思ってもいませんでした。

全ては「レジリエンス」によって、
失敗や逆境から立ち直ってきたからです。

レジリエンスはスゴい!!!

そしてこれからも、
僕は日本にレジリエンスを
広めていきたいと本気で思っています。

 

レジリエンスに関する情報を
これからもお届けしていきます!

以上が僕の実体験から得た
「レジリエンス」についてです。

ぜひあなたにも、私が体感した
レジリエンスの効果やメリットについて、

もっともっと知って欲しい
と思っています。

そこで、早速、明日から、

・不安・モヤモヤを消す方法とは!?
・人から嫌われないテクニック
・他人と比較しない方法
・実は超ポジティブは逆効果だった
・嫌なことを忘れる方法
・これからの時代を生き抜く方法とは!?

など、レジリエンスを高める方法を
無料で配信していきますので、
楽しみにしていてくださいね☆

最後までお読みいただき、
ありがとうございました!